ただただ思ったことを上手く伝える練習

政治、自分と独立してしまったもの。

 日本国内の政治は、年々興味が薄れるものになっているようになっています。自分自身が普通のサラリーマンだからなのかもしれません。

 個人的には、政治はその国での予算の集め方と使い方を決めること、使う上でのルールを法律として決めること。だと考えています。そして、その一端が、国の自衛費だとか、教育への力の掛け方、超高齢化社会に向けた社会保障費などなど、となり、その線引が、本来は争点になるべきだと思っています。

 ただ、最近は前述のような争点は見えず、内部の権力争いと、外野からの人格否定しか聞こえてこない印象です。

 これが本当にみんなが興味のあることなのでしょうか。

 個人的には、発信する側が手を抜いているのではないかと思っています。複雑化する世の中で、バランスを取りながら物事を決めることは非常に難しいものです。それを適切な角度から切り取り、その上で重要なポイントを選択して批評するのは時間がかかることかもしれません。

 しかし、本質的なところ掴まずに、分かりやすい構図で自身だけが知る情報(~派に何人みたいな数取りゲーム)をうまくを使って表現しているだけに見えます。そのため、見ている側からしても陳腐なレベルのことしかやっていないように見えてしまう。80過ぎた老人でも重要な役割を持つことができ、未だにリモートで議論すらできない。普通の人には理解できないよくわからない業界。実状を打破して改善しようとする志を持つような人はいなくなっていくと思います。

 直近の感染症対策にしても、対策をやった、やってない。感染者が増えた、増えてない。のような次元しかなく、じゃあ、これからどうするのか。そうするためのロジックはどうなっているのか、それに対するルールや法律をどうするのか、今は全くわかりません。真面目に情報を収集する気になればあるのかもしれませんが、そんな気になるほど社会が混乱しているわけでもなく、政治の外側にいる人からすれば、自分とは程遠いフィクションの喜劇を見せられているような感じです。

 上手い例えではないですが、一時期の総合格闘技ブームとプロレスの衰退のときの構図に似ているような気がします。

 一般社会で普通に生活する人間からすると、ずっと真剣な総合格闘技(たくさんの課題解決やプロジェクトマネジメント、現実的な判断の連続)を常に実施している。その一方で、見えてくる政治の世界は、マスメディアがプロレスっぽく分かりやすくしてしまい。本質が全く見えてこない。

 おそらく暴動でも起きるような大混乱が起きない限り、このフィクション感は変わらないんだろうなと思います。そうなっていないのは逆に良いことなのかもしれませんが、そうなったときにはもう手遅れなんだろうとも予想します。